米フォーブス誌による「全米でもっとも惨めな町」ランキングの常連、カリフォルニア州ストックトンで生まれ育ったネイト・ディアスが、なによりもまず最初に学んだことは「タフガイのやり方」というものであった。それは、他人のことをじっと見つめないでいて、同時にけして目を離さないやり方であったり、トラブル発生を予感する術であったり、自分がどれほど本気であるかを相手に信じさせるやりかただったりする。
5月5日に米地上波FOXで放送された試合でも、ネイトはいつもどおりのタフガイ方式を貫いた。カメラに向かって中指を立て、試合前のグローブタッチは無視し、試合中にはミラーに挑発的な様子で言葉を投げかけた。画面に映し出されていたのは、洗練とはほど遠い、怒れる男の姿だった。
とはいえ、筋金入りの喧嘩スキルを、計算と戦略に基づいて利用するのがディアス兄弟流である。ミラーに何を怒鳴りつけていたのかについて、試合後のネイトは「いや、実際には何もしゃべってなかっただろ?そんなことより、ヤツのパンチがほとんど当たってなかったんで、やりやすくなってきたなと思っていたんだ」とコメントしている。感情にまかせて怒鳴り散らしているわけではないのである。ミラーのほうも「彼が何を言っていたのかは覚えていないし、それに影響されたわけじゃないんだ。それより、パンチを当てられたことにまいっていた」と、冷静に受け止めていたとしながらも「でも、あんなふうにしゃべる隙を与えるべきではなかったのかもね……なんだかあれでペースを握られてしまった気がする」とも語っている。
じつは子供の頃から格闘技に一生懸命取り組んでいたのは兄貴の方で、弟はどちらかと言えば、兄貴のあとをついて行っただけだった。柔術もあまり好きではなかったし、うまいとも言えなかった。練習が終わると、ジムの近くのスタンドで、先輩がみんなにブリトーをおごってくれるのが楽しみで、ジムに通っていたようなものだった。それはネイトが高校生の頃だった。
「本当に目当てはブリトーだけだった。カネなんてなかったし、僕らはいつも腹ぺこだったんだ。ニックと一緒に練習に行けば、ブリトーにありつける。家にいたら、腹ぺこのまんまだ。毎日何か食べたいじゃないか。そうこうしているうちに、青帯をもらったんだ」
学校の成績も良くなかった。先生は、ネイトが将来にわたって牢屋に入らないで済むだけでも大成功だが、その可能性は低いなどと口にした。ネイトがジムで少しずつタップをとれるようになり始めると、兄貴と一緒にプロの格闘家になることだけが、将来らしきもの、ただひとつの希望となっていった。
「ものすごく貧乏な家庭に育ったんだよ。ゲットーのような、ひどい環境だった。僕ら兄弟と妹、お袋とで、モーテル暮らしだったんだ。子供の頃はいつもぶち切れていた」
「お袋は『渡る世間に鬼はない』という考え方だった。でもニックは『人を見たら泥棒と思え』というタイプだった。じつはほとんどの人は、僕らとは違って、良い家に住んでいるのだということを兄貴は知っていた。僕とか妹はそんなことは何も知らず、テレビで漫画を見られればそれで良かったんだ。でもニックはなんでも知っていた。それでニックはいろんな人とぶつかった。ニックはずっとそうなんだ」
ネイトにとってニックは、格闘技への門戸を開いてくれただけでなく、世界への門戸を開いてくれた存在である。UFC公式ページのネイト・ディアズのプロフィールページには、「Do You Have Any Heroes? – Nick Diaz」と書かれている。
とはいえ、難敵ジム・ミラーに強い勝ち方を見せたことで、昨年のドナルド・セラーニ戦、今年の五味隆典戦での勝利への評価もあいまって、周囲のネイトへの評価はすでに、「ニックの弟」という形容詞が不要なエリートファイターの仲間入りをしたとみるむきが多い。
ロレンゾ・フェルティータは「ネイト・ディアスがスター選手にブレイクする可能性を見せた。将来はPPVの山を動かしてくれる存在になるかもしれない。(今回のFOX大会は低視聴率に終わったけれどもあったけれども)シナリオは思い通りに進んでいるんだよ」とコメント。
ダナ・ホワイトも「ネイト・ディアスに注目が集まったのは良かった。これからネイトのことはジョン・ジョーンズ並みのプッシュをしていくつもりだぞ。2年前には、誰もジョン・ジョーンズなんて知らなかっただろう? それがいまでは、PPVをよく売ってくれるし、ライト層のファンからの知名度も抜群なんだよ」と、ネイト売り出しが今回の地上波放送の隠れた戦略だったことをうれしそうに明かしている。過去5年間でネイトがUFCでこなした試合数は16試合で、これは登録選手中最多である(2位は13試合が多数)。お兄さんの陰に隠れがちに見えたネイト、そのような評価を甘受し続けてきたかに思われるネイトではあるが、大きな怪我もせず、記者会見のドタキャンもせず、コンスタントに試合に出場し勝ち星を重ねることで、ふと気がつくと、お兄さんより先に、UFCのチャンピオンになってしまうのかもしれない場所に立っていたのだ。
(文・高橋テツヤ/ OMASUKI FIGHT http://omasuki.blog122.fc2.com/)
Chad Dundas, Nate Comfortable as Lesser-Known Diaz Bro, ESPN, May 3, 2012
Reid Forgrave, Diaz’s Mad Skills Too Much for Miller,FOX Sports, May 6 2012
Ben Fowlkes, A Tale of Two Diaz Brothers, MMA Fighting, May 4, 2012
Kevin Iole, UFC on FOX Rating Dip; Fertitta Not Worried, Yahoo! Sports, May 9, 2012